仕事とのバランス

妊娠して子供が生まれる前に夫と相談した事は、「ベビーシッターに$$$を払うのだったら、その分私の仕事を手伝ってくれる人を雇って、子供が幼稚園に入るくらいまでは、娘ができるだけ私たちと一緒にいる時間を多くしたい」と話していたのですが、、、

問題は私の仕事=ウェブデザインやデベロップメント系の仕事は、ベイエリアでまさに売り手市場で、良い人を、ちょっと前で言う妥当なお給料で見つける事は今不可能に近いのです。

話を掻い摘んで説明すると、Facebookをはじめとする大手企業、様々なオンラインビジネスのスタートアップがひしめくこのベイアリアは、学校卒業したてでもsix figure(年収1千万ぐらい?)のお給料も決して夢じゃない状況です。

大手の会社は、才能のある人に在学中の学校の学費よりも多いお給料を提示する事もありで、学生は学校も一時休校して就職してしまうわけ。なので、知り合いの、CCAやAcademyの先生たちに聞いても優秀な生徒が辞めていくという、ちょっと異様な状況もあるとか。。。

そういう事で、私のような個人企業は、スキル=レートと思っているので、経験値の少ない人に大手企業と同じお給料を払って対抗できるわけないわけです。

ここ1年半、ず〜〜っと面接などしてきましたが未だに見つからず><、、、です。

ここまで、週2日、時に3日 (1日6時間) のナニーさんで頑張ってきましたが、もうどうやってもやらなきゃいけない仕事に追いつけない今日この頃。

だって、6時間来てもらっているからといって、6時間仕事ができるわけじゃないですから。。。そしてその週にクライアントさんのミーティングなどが入ると、実際コーディングなどに使える時間って一週間に数時間? 10件以上のクライアントさんと円滑に管理できる状況じゃないですね。。。汗

ここまでは、クライアントさんたちが私の子供ができた事で、かなり気を使ってもらった事でなんとかなってきたものの、このままでは新規のクライアントさんを開拓する事も不可能。もうどうやっても、プロジェクトを潤滑に勧められないし、さらにここ3ヶ月ぐらい週末も必ず仕事する私。

夫とも相談して、ナニーさんを週4日に増やす事にしました。

娘との時間が減るのは少し寂しいけど、ここらで私の仕事もビシッとしておかないと。

私も含め働くお母さんは、いろいろバランスを考えて悩む事も多いと思いますが、今私の年齢で、周りもいろいろ見て言える事ですが、自分でこのバランスの答えは出すしかないと思う。

他の誰かや、社会的ないい悪いでは決められないし。もし比べたり、人の意見を聞いていたら、絶対にいつもバランスで悩む事になると思う。

私の周りには年齢的に経済的に豊かなカップルも周りに多いわけですが、そうなってくると、働いていないからって子供といつも一緒にいるわけじゃない。仕事をしていなくってもナニーさんがいる事もあるし、、、仕事をする事だけが子供との時間を晴らす事になるわけじゃないわけです。

自分と子供がきちんと向き合って、そこでその時間のバランスをアクセプトできていれば結果的にはいいと思うんですよね。子供にとっても辛い事もあったり、一緒にいたくても入れない母親にしても辛い事もあるけど、でも、その経験がお互いあとでポジティブにつながるように私の決めた事が娘の肥やしになるように、仕事も頑張っていこうと思います。

記憶に残る日

今まで人生の中で記憶に残る何かを変えた日、何かを変えてくれた人。

20代前半の頃にスナックでバイトをしていた時にお客さんとしてあった日銀の人。彼はそのスナックにふらりとよるとても気さくな人だったけど、それまで自殺未遂ばかり繰り返していた弱い私に、自分の生命力を信じられる話をしてくれた人。勿論、彼は私を諭そうとか助けようと思ってそんな話をしてくれた訳ではないし、多分私がそんな風に神経的に病んでいる事さえ知らなかったと思う。

そしてもう一人は、20代後半に数ヶ月だけ付き合った人だけど、裸一貫から日本の誰もが知って言うような会社を10年そこそこで作り上げた人だった。そしてその人がくれた言葉は今だに私に影響している。
その当時上っ面だけで生きていた私。好きだとかそんな事を通り越して、彼が付合っていた当時に普通に話していた事から学んだ事に対して感謝の意さえある。「私ってなんて上っ面だけで生きていたんだろう」と振り替えさせて、赤面させられた。彼と別れて(捨てられて)、更にそこからどん底に落ちた事が今アメリカにいる事に繋がっていると行っても過言ではない。

そして、Annie Leibovitzのレクチャーも一つの記憶に残る日です

人生には通り過ぎて初めて確認できるチェックポイントみたいなものがあって、そうしたチェックポイントを自覚できる事が今ある自分を強く支えている。貴方はいくつそんな分岐点、軌跡がいくつありますか?

今日また軌跡となる日でした。

akabout私達が数年サポートしてきているLines BalletのAlonzo KIng氏を囲って、20名弱のドナーが集まった夕べです。リハーサルを見に行く事は毎シーズンありますが、この素晴らしく穏やか且つGiftをもったアーティストの話や人柄に、リハーサルなどで5分ほど触れる事はできても、彼の核心に触れられる機会は今までありませんでした。

彼のバレエのchoreographerとしての才能や評判よりも、彼自身の人間としての溢れ出す魅力と言葉にしなくても伝わってくるパッションと人間性に触れたくて今晩のゲストは集まっていたのだと思います。

彼のスピーチは20分ほどで、スピーチの後、Conversation形式のQ&Aが一時間ほど続き、私たち全員とAlonzoのキャッチボールが続きました。スピーチも会話の内容も、彼の創作やバレエチームの事に留まらず、彼の人間性や Philosophy、彼の作り出すパフォーマンスのバックグラウンドには、全ては人間として如何に内部から成長して行くか?いかにして全ての人が持っている(talentでは無く、、、) Geniusを自然と人それぞれの外側に出して行くか?という、humanityを根本から考え取り込んでいるという事を、びー玉のように美しい純粋な瞳をキラキラさせながら話すAlonzo。彼の言葉の数々に、私だけでなく、他にも感極まり目頭が熱くなった人が沢山いたと思います。

正に私達が日常の中、教育の中、葛藤して行く人生の中で問いている事を彼はLines Balletという媒体を通して問いかけ世の中にメッセージを送り表現しているのだと思います。

今日私が通過した事

それは、様々な意味でAbusiveな子供時代を過ごした私ですが、はじめてPeacefulな感覚を本当に感じられた日でした。彼の言葉の数々に、答えを見つけることができ、私が消化できずに来た心の傷やずっと抱えてきた自分のエゴから自由になれた感じ。その事は、私の人生の中でとても大きな事で、Alonzoに「ありがとう」と伝えた時に上手く言えずに「すごくpeacefulな気持ちなの」と言ったら大きなニッコリを返してくれた彼。

子供時代の様々な環境の影響から自分を表現する事を許されず、また自分自身を表面に出す事をできないまま成長してしまった私は、更に思春期以降は、自分を表現する事を否定し、更に偽ったまま生きてしまった結果、他人をcriticize すること、つまり他人を鏡に自分を否定していたわけです。自分自身を軸に自分を見つける事ができなかった、、、今日のAlozonの話を聞いた後、もうそれはする必要が無い、、、、と自然と思えた自分がいて、それできっと安堵したのだと思う。きっと、他人をcriticizeしている自分自身がすごく嫌いだったのだと思う。。。。。

いつも偽ってきた自分へ爽やかなさよならが今日できた感じです。

AlonzoのDancer達のようになれる日は遠いかもしれないけど、思いやりと歩み寄り、そして自分で何かを作り出そうとするのではなく、プラスαーを作り出すコラボレーションをできる人間にいつかなりたいです。

そして、これはすごく個人的な事なのですが、ずっと夫がどうして私を好きになったか疑問に思う事がありました。勿論、「どうして私の事好きなの?好きになったの?」と2、3回聞いた事はあったのですが、その腑に落ちる答えが返ってきた事がありません。
でも、今日のAlonzoの話から、何となくどうして夫が私を好きになったのか分かるような気がしました。。。。。

性格の違い

夫と私全く性格は違います

育った環境も違う

彼は純粋培養

私は途中まで純粋培養で、、、途中からかなり路を踏み外したので、、、

私にとって一番嬉しかったのは、
かなりAbusiveな環境で育った私の
ダークな部分、そしてそこからくる性格の卑屈さ、きつさ等も、
彼が100%私の一部として受け入れてくれる事
そして、そんな部分を嫌な顔してみないでいてくれる事

自分で好きになれなかった自分の一部を彼は好きになってくれた訳ですが、
そのお陰で、私のリハビリの路が開けたような気がします

そして最近発見して大きな性格の違い

例えば、離婚しかけているカップルとか、
喧嘩しているカップル友達同士等がいるとしますよね

わたしは、昔いじめられっこだった事とか、
長女で「お姉ちゃんはちゃんとしなくちゃいけない」とか、
その他本当に小さなな色々な要因が重なって、
正当である事、正しい事、がどうしても気になってしまう

だからそんな友人達の関係で相談を受けても、
両方の話聞かないと、自分の心が決まらないというか、
どちらの話も聞いてあげるしかできなくて、
頼りになってあげられないのです
(こんなんだから友達できないんでしょうけど、、、)

先日、ちょっとした話の流れから、夫は
「あの時点で彼女の方が辛かったし、助けが必要だったから」と、、、
そのカップルは旦那さんも奥さんも私達にとって、ものすごーーーく近い中で、
どちらかというと旦那さんの方が彼にとってすごう大切な友人
彼にとっては正当だとか正しいとかではなく、
今誰が助けが必要なのかという事が決め手になって、
奥さんの方を彼らの関係がおかしくなり始めた頃からずっと支えてあげていたんです

昔、六本木のママさんで同じようなことを言う人がいました
どっちが悪かろうと、私は女の見方、だってどんな事したって女の方が弱いもの

どちらが正しいかどうかという事も時には大切かもしれないけど、
いつか彼らのように人に寄り添ってあげたいです

引き寄せとか、、、色々

色々な啓発本等が多いこのごろです

勿論アメリカにも多いですが、
たまに日本に帰って本屋さんに行ったり、こちらの紀伊国屋書店等を覗くと、
「貴方もなれる!」「こうしたら生き抜ける」「会社で失敗しない生き方」
などなどなど、、、本当に多い、、、、

それは、やっぱり野生というか、己の中にある生き抜く力を感じられないから、
誰かに生き方を教えて欲しい、と言うのがあるのではないでしょうか?
不安なのですよね、きっと
だから何かを見つけたくなる、すがりたくなる

この辺は裏付けも無くかなり自己流な言い方ですが、
この先50年は、個人個人の生き抜く力がますます必要になってくる時代だと思います
隣の人が平気だから自分も平気
というような時代はもう既に終わりかけていて、
それは日本という国やアメリカに住んでいれば平気という幻想が終わる時でもあると思います

子供にも、学校や社会で上手くやって行く事を教えるよりも、
何処に行っても、
どんな環境に置かれても、
自分で考えて、自分で行動して、自分で生き抜いていけるような、
感性と野生の感を磨いてあげる事の方が大切だと、個人的に思います

引き寄せ、、今でもか分かりませんが、ちょっと前まで良く聞いた言葉
私が小さな個人ビジネスをやっているせいか、
親切な友達は、「こういう本きっと役に立つよ」とわざわざそんな本をいただいた事も、、、

勿論、他者の考え方や生き方を読んでみて面白いと思う事もありますが、
それでも、おおおお、説得力がある!と思う本に最近巡り会った事はほとんどないです
、、まあ、私が偏った好みを持っているのもあると思うのですが、、、

確かに、運気とか、UP&DOWNスパイラルみたいなものは人生の中にはありますが、
でも舵を取っていくのは自分です
だから舵を取りきれるよう、自然を読む力と、どんな時のも持ちこたえられる精神力と、
そして最終的には、その現状を自分で舵を切って乗り切るようなテクニックを磨くしか無いですよね
そのテクニックはやっぱり本の中では学びきれる訳ではないし、
簡単に教えてもらえるものでもない
本を読んだりそして、教えてもらった知識を使って体当たりして、
自分で経験をして身にして初めてものになる訳で、、、

側にいて幸せな気持ちにさせてくれる人の近くにいる事は大切ですが、
人生の方向転換をしたい時、自分を変えたいと思う時は
引き寄せてもらったり、諭してもらうよりも、最終的には自分で舵を取れるかだと思います

色々本を読んで、変わりたいという自分はどんな自分なのでしょう?
引き寄せてもらって手に入れたいものは何か?
自分の願望を現実的に見つめてみるのも、舵をとるヒントになるかもしれません

美大 + 受験

偶々サンフランシスコで出会った夫も私も美術学校出身

彼はIndustrial Design専攻
私は日本画専攻中退(爆

彼が通っていた学校はLAにあるArt Centerと言います。世界中でデザインの第一線を担っている卒業生を多く送り出している学校。特に、車のデザイン業界が有名でしょうか?サンフランシスコ、ベイエリアにもやはり卒業生が沢山います。時々、私のブログで登場するIncaseのfunderも、ManymalsのデザイナーのMarkasも、Art centerの卒業生。

明日の晩、そのArt Centerの卒業生を対象としたイベントを夫の会社でホストする事になっていて、夫もプレゼンテーションをするのですが、前夜という事もあり、今晩はArt CenterのCoreの方々とDinnerに行ってきました。

そこで話題に出た色々な事、感じた事。私も日本でちょっとはみ出た「美術」という世界にいたのですが、やっぱりこの先、日本の美術が世界に出て行く為には色々バランスを取って変化していかなくてはいけないのではないかと思いました。

勿論、外に出で行かない、という選択肢もある。でも、今日ディナーに入らしていた方々からも聞いた事ですが、現在50代、60代、日本のデザイン業界をリードして来たとも言えるArt Centerを卒業した日本人達は、今の日本の若い人達が海外に出て行く事に夢を持っていない事を残念に思うと同時に危機感を抱いていると言っていました。私も数ヶ月前に日本の記事を呼んで、最近の20代の方に調査をした所、25%未満の方しか「海外に行って勉強してみたい」と思っていないとか、、、

海外に出て行かなくてはいけない、というのではありませんが、今こうしてインターネットが発達して、コミュニケーション、ビジネス、あらゆる形態のものがGlobalシェアーされている中で、世界を知る事はとても大切だと思います。知るだけではなく経験して同じ視点を持つ事も大切。外を知っているから中にも磨きがかけられるというか、外を知ったから必ずしも外の物と共存しなくてはいけない訳ではなく、知っていて、情報を消化して、 起源(日本)に戻るというような流れが必要なのではないかな、と思います。

もう一つ、教育システム
Art Centerが世界的にリードしていける才能のある人を沢山送り出している理由には「個」の重視があるのではないかと思います。

私は美大の付属に通っていて推薦を取れたので、まあ上手く言えば高校時代の成績&技術が評価対象になって上の美大に行けた訳ですが、大学から入って来た人は’受験がありました。その受験は「専門試験と学力試験の合計得点」で入学できるか否かが決まる訳です。つまりはテストで、その結果が合格発表に張り出される訳です。

今晩、一番印象に残った話は、Art Centerの先生を始めとする全ての人が、如何に生徒の個々を大切にしていてそれが全てのプロセスでCareされているかという事。例えば、「もし6人全く同じようなPotfolioを提出した場合は、僕たちが知りたいのは6人それぞれがどんな夢を持っていて、それぞれの個性がどんな風にそのやりたい事とにアプローチをもっているか?」という事。

残念ながら、私がもっている情報の中では、日本の大きな大学の入学プロセスで一人一人の「夢」や「情熱」が考慮されて入学に繋がる事は無いように思います。勿論、個人の特技が反映される「一芸入学」のようなものがありますが、一般の人、全ての受験者に適用される訳ではありません。

どちらが良いとか、悪いと言っているのではありませんが、戦後から今まで作り上げられた「受験」という入学プロセスは終わりするべきだと個人的に思います。学校に入学して卒要する事も大切ですが、それと同時に、若い時(大学入学前)から、「何に」興味を持ち、10代、20代という最も大切な時期に時間を費やしたいと思うか?というモチベーションのようなものが必要で、それを汲み取れる学校システムも必要だと思います。私にはそのような経験はありませんでしたが、学校という場所が夢を実現するための場所にもっと近くなれば良いな、とお思います。単位を取る事よりも、自分がどうしても譲りたくないものだから必死にアプローチしているうちに単位も取れた、というような方が理想的。

明日の夫のプレゼンテーション
若い世代のArt Centerの方々にもインスピレーションを与えて欲しいし、そして、これからその学校をまた支えていく事の礎となってくれたら嬉しいです。。。。そして同時に、私も自分が卒業した学校から与えてもらったものについて少し考え中。