感動を作る人

私の周りにはAppleで働いている人や、Appleに関連する仕事をしている人が沢山居ます。勿論夫もその内の一人だけど、、、スティーブがこの世を去った次の日に夫はミーティングの為にAppleのオフィスに。言葉を多く語る人は少なく、互いにHugをして言葉をかみしめる事がほとんどだったと話してくれた。スティーブがこの世を去ってからの日々、友達との集まりがあっても、スティーブの話はほとんど出てこなかった。ゴシップのように彼がこの世を去った事についてお互い話す気になれなかったのかもしれない。特別な事を程、言葉は胸の内にこもるのではないだろうか?

ふと考えてみた

次にくるAppleの新製品の発表
keynote

スティーブ以外の人が如何に計算に尽くされたプレゼンテーションをしても、同じデザインチームがいかに素晴らしいinventionをしても、あの、ワクワクするような感動と衝撃はスティーブ無しにはきっともうあり得ないのだと思う。彼が私達にシェアしてくれた感動は、素晴らしい製品だけではなく、Appleという会社ではなく、彼自身が子供のように、そして胸中のそこから彼自身が感動できるピュアな創造物があたえてくれたものだったのだと思う。だから、同じように素晴らしく美しい製品が作られても、ピュアな感動を心の底で理解している人がまた出てこない限り、私達にあのワクワクする感動はもう戻ってこない。

guts
日本語で言うと「肝」かな、、、

スティーブが夫にいつも言った言葉
“I know you can do better. I know your guts know it.”

心底自分でこれ以上のものはできないというものを追求する2人の中でかわされる言葉。妥協せず、これ以上のものは作り得ない、と消費者や他の人はだませても、自分のgutsは騙せない。そのgutsが本当に、これ以上のベストは無いと言えるものを作り続ける。だから、自分の源からわき上がる自信が言葉になって人を感動させるのだと思う。感動があるのだとおもう。でもその感動を作り続けた人はもう居ない。彼は世界で一番の会社を作った人かもしれない。彼は世界中の人に彼の発明を喜びとともに残してくれた人かもしれない。でも、その根源は、彼自身の夢そして彼個人の信じる路を意思固く歩き続けたという最もシンプルな所に回帰するから、こんなにも多くの人達が彼がこの世を去ってしまった事に言葉少なく心の底から想っているのではないのだろうか、、、

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