意識・無意識

最近よく考えるのが、日常生活で如何に無意識に生活をしてきたかという事

エネルギー&環境の問題
雇用率の問題
ワーキング・プアーの問題
家庭内のコミュニケーションの崩壊

様々な事が、実は個人個人がちょっとづつ毎日の生活の中で意識を持って生きる事で
実は改善できるのではないかと思います

でも、この意識の仕方も、実はトレーニングが大切で、
やっぱり大人が子育てをする時に、子供に教えていかないといけない事だと思います
「親が」ではなく「大人が」と言ったのは、自分の子供に限らずという意味もあります
社会全体として、大人が子供の意識を育ててあげるという事が、
社会の一部の責任としてとても大切に感じます

この意識・無意識に付いた考え始めたのは母のブログを読んだのがきっかけです

実家は東京中野のある西部新宿線の駅の近郊で、大昔から物価が安い事で有名
隣の駅からわざわざうちの商店街まで買い物に来る人が居たほどです

私が小さい頃は、この商店街がすごく宝箱のように楽しかったのを覚えています
小さな地元の小売店さんがいっぱい、八百屋さん、酒屋さん、魚屋さん、肉屋さん、金物屋さん
一歩入れば「今日は、奥さん!」という感じで、毎日のコミュニケーションが成立していました

物価が安い事には未だ変わりありませんが、
この商店街もかなり様変わり

懐かしく思った小売店屋さんは消え往き、大型やチェーン店スーパー
細々と続く昔ながらのお店はかなり苦しそうです

こちらのジャケット、母のブログからの抜粋ですが、

「さて、上の冬物のジャケット、いくらだと思います?今まで着ていた買い物用のコート20年近く着て,余りにもぼろぼろになったので昨日,買い物のときに衝動買い。¥850円。信じられます?チャックとボタン代位にしかなりません。でも、何故こんな値段に出来るのでしょうか。作った人に申し訳ないような気になります。」

きっとこのジャケットは850円で売られる為に作られたはずではないのです
でも850円で売らざる得られなくなった理由がそこにある訳です

その理由を意識して考えていかないと、
本当に良いものはどんどん失われていき、格差社会は広がっていき、
生活はどんどん苦しくなっていく、という層が確実に増えていってしまいます

そして意識が失われるという事は個性を失う、という事でもあります
小売店さんが消え往き、大型店が増えるという事は、その街の個性が消えるという事でもあります

何処に行っても同じ、個性の無い毎日の生活
毎日に活力を持って、生き生きと感じる事ができない、そんな風に都市生活が変わり行く
無意識化は私達の日常生活を病的にもしていきます

問題は余りにも大きな範囲に広がりますが、ちょっとづつ意識する沢山変われる事はあるはず

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