日本で子育て (3) Growing Family-2

今年の6月で40歳になります
夫は5つ年上

我が家の周りのネットワーク
女性はきっと20代後半から40代半ばまで、男性は30代から40代後半までが中心

結婚しているカップルは実は割合的に少ない。付き合って、一緒に住んで数年というカップルが結構多く、日本人の私やトラディショナルな結婚という考えを持っている人間の価値観から見ると、彼らが結婚をする必要性を感じない理由を時に聞きたくなることもあります。私個人的には「結婚して良かったな〜」と思うので、結婚しないけど結婚してるような生活をしているカップルに、その内、理由を聞いてみようと思っていますが、でもみていると、みんな幸せそうで、誰が結婚しているとかしていないというところは全然、気にならないという皮代にはならないのです。

中には軽く籍を入れて、報告しないカップルもいたりするので、実は知らないだけかも(笑 特に子供ができたりすると、おおっぴらに結婚する必要は無いけど、子供のために籍を入れた、というようなカップルも何組かいます

結婚云々は横に置き、30代~40代という年齢層から、そして、カップルとしての成熟度が、数年(もしくはそれ以上)という事と、女性の年齢が30代後半から40代にさしかかった事もあり、結婚式のニュースよりもおめでたのニュースがここ2年立て続けに入ってきました。もう何回も書いているかもしれませんが、2010年に周りの親しい友人グループの中だけで15人以上の赤ちゃんが生まれ、内、双子三組。プラス、2人の養子縁組。もうまさに、「なぜみんな同じ時期に???」と思う位、毎月、毎月妊娠のニュース、そして赤ちゃんが生まれたよ〜、のニュースが約1年半位続いた訳です。もう、冗談半分ですが、Baby Showerと出産のお祝いで破産するかと思いました(爆 いや、本当にかなりの出費!

そんなこんなしている間に、周りには子持ちカップルがあっと言う間に増えて、今ではちょっとした計画をするにも子供中心。以前のように気楽に友人通しでディナーで集まってというのが楽ではない。というのも、子持ちカップル、参加したい場合は、子供をベビーシッターに預けて来る事も多いので、ベビーシッターの手配が当日では難しかったりするので。ちょっと余裕を持ってお知らせしなくては、という事なのです。まあベビーシッターが偶々都合つかないと、カップルのどちらか一人が子供を見ることになるので、両方に会うことはできない、という感じ

でも、アメリカではなのか、それとも我が家の回りだけなのか分からないけど、気楽なレストランだったら、みんな乳飲み子でもを連れてきます。ランチであろうとディナーであろうと。まあ、バリバリのロマンティックなレストランには行けませんが、サンフランシスコのレストランは基本的にカジュアル系が多いので、何処でも平気です。だから、子供ができたから、もう集まりに参加できないということは無いのです。誰かが子供を連れてくれば、私たちは『おじさん、おばさん』となって、かわるがわるに抱っこ。子供は左へ、右へ、仲良しの大人たちの中で育っています。まあ、これが3歳とかになって気勢を上げて走り回る年代になると、また状況は違ってくるのかな?

日本で、ほぼ全員の子供持ちの友達からは、やっぱり子供を連れて外食は難しいし、気を使ってしまうし、できないと言っていました。特に都会に住むお母さん達かな? そうなると、やっぱりベビーシッターに子供を預けて外出する文化がまだ浸透していない日本では、子供を持った時点で、(基本的に子育ては女性にゆだねられるという事を想定すると、、)、お母さんの行動範囲とライフサイクルはけっこう限られてしまうかもしれませんね、、

写真は20人位集まった友達の誕生日ブランチ、、、3人赤ちゃんがいたけど、皆が変わるがわるに子守り、、

我が家の周りでは、今の所、最年長が2歳になってところ (月日の経つのは早いです)
でも、こうして大人の中で育っている彼ら、私から見ると社交的。大人の中で変に緊張も人見知りもしないし、どの大人とでも、気軽にやっています。私達大人も変に子供扱いしないというか、子供だから、あっちに行っていなさい、みたいな隔たりも無し。先日書いた友人の娘さんのお誕生日会もそうだったけど、最近思うのは、こうして子供を大人の中で育てるのって、実はすごく良い事なんじゃないかな〜と思う。

個人的には、物心もつかない位の赤ちゃんの頃から、家族以外の大人の中に自然にいるということが、ある意味大切なのではないかと思う。初めは、母親という最も近い存在、そして次に父親を含めた両親、血のつながった家族、、、そして、その周りを取り巻く家族の友人たちというように、小さな子供が小さな時から自分で責任を持つべくコミュニティーの一部として扱われるのは大切だと感じる。というのも、そうする事で、我侭のあり方と、大人と付き合う上でのマナーを学べるのではないかと思うから。

日本の社会で、と限定的には言えないけれど、やはり、パブリックに、大人の集まりの中に気軽に子供を連れて行けない、となると、子供はある一定の年まで、そうしたコミュニティーの中でのルールを知らずに育ってしまう事になる、特に母親や両親、家族という無条件に与えられる愛の中だけで育つと、どうしても我が侭が何処まで社会で許されて、我が侭がどの程度を超すと自分へのしっぺ返しとして返ってくるか?と学べる機会がなかなか無いと思う。勿論、母親を始めとする家族が無条件の愛情を注ぎ込むのはとてもとても大切な事なので必要ですが、子供がそれを何処でも通用すると思ってしまうのがまずいのではないかな?

昔は、お父さんとお母さんが共働きでも、近所のおじいちゃんおばあちゃんが、しっかりそういった事を教えてくれたけど、地域社会が崩壊する今の都会では、子供が社会のルールを学べる「ご近所」というのは難しい、、、そして、豊かな時代だからこそ、子供は赤の他人がいる社会になかなか晒されない。

大人のいる場所に、赤ちゃんだから、子供だから、と連れて行かないのは、(大げさに言うと)ある意味その子供を1人間として扱っていないという事にもなるし、そういった場所で、学ばせていくという機会も与えていない事になる。小学校や中学校、高校大学になっても、私は大人の社会のルールがそこには適用されていないと思うので、実際、子供達は高校や大学を卒業して、職を探す(独り立ちする)時に初めて子供と限定されてない社会のルールに対面する事になる訳です、、、

動物の社会で言えば、生まれてすぐ「立つ」事を学ぶように、人間も実はもっと早くから社会の中で適用していける能力をつける機会を子供に与えないといけないのではないかな?と思う。戦後の日本というか、特にここ20〜30年の間で、子供と大人の間の壁が厚くなったというか、豊かになった故に、子供をゆっくり保護しながらできるだけ大人達が味わった辛さを与えたくないという環境が出来上がっている。でも、実は、それは結果的に言えば、社会に適応していく事がとても難しくなる子供達を作っているのではないか?と思います。きっと引きこもりになったり、ニートと呼ばれる若年層などを日本の社会に生み出したのは、少なからず、こうした子供の成長過程での社会への関係性のバランスが崩れた事が原因になっていると言って間違いではないのではないかな

才能ある大人達、
情熱を持った大人達、
子供だからと甘やかさない大人達

もし子供達がいつでも、そうして尊敬できる大人達に「素朴な疑問」に対する答えを聞く事ができたら
学校では教われない、生きていく上での考える力も養われるのではないかと思う

実は私の中に構想があって、いつか、周りの友達、つまり、その子供達の親を先生にしてプライベートスクールを作ろうと思っている
そうした大人達の中で育つ子供達
その子供達に感化され、次世代を作る事に熱心になれる大人達
20年後が楽しみです

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