エクササイズ

毎日、必ず取り入れなくてはいけないのがなんらかのエクササイズです。時にはスキップしてしまう事もあるのですが、これから2ヶ月は気を引き締めてちょっとでもいいから毎日やっていこうと思うので、特に記事を書く事ができなくっても、日記代わりに書き留めていこうと思っています。

ちなみにエクササイズは、体に酸素をいっぱい取り入れられるもの、リンパの流れを良く出来るもの(私の場合特に肩のあたり)、自分がやっていて楽しいもの、を中心にその日に出来るものを選択中🎶

7月8日
Russian HillからAquatique parkを回り、45分ほど散策。この辺りは急な丘が多いので、結構いい運動になります。

7月9日
Bay Clubにて40分走ってくる

やっと出会えた!

ご無沙汰しています。

なんと、前回の久しぶりの記事より、3週間以上が過ぎてしまいました。

この一ヶ月もまたバタバタしていて、書くことは本になるほどたくさんありますが、、、とりあえず掻い摘んで。

その内、順を追って書いていきたいと思いますが、大学病院で乳がんの再発を診断され、先生の勧めに従って、抗がん剤、手術、放射線治療、そしてホルモン療法のフルコースがど〜〜んと目の前にメニューとして提示されたのが3月、4月でした。

腰まであったストレートの髪も、抗がん剤に備えてばっさりショートに。そして、切った髪はWigForKidsというNPOに寄付しました。

が、4月半ば、2人の友人がほぼ同じ時間帯にメッサージを送ってきました。「このドキュメンタリー見たほうがいいと思うよ」と。彼らは私が癌と診断されたことを知っていたからです。そしてそのドキュメンラリーが私の癌治療に対する考え方すべてを変えてしまい、自然療法で自分の癌を治そうと、180度私の治療方針を変えてしまったわけです。

正式な診断よりほぼ4ヶ月になります。
ダイエットを変え、生活習慣を変え、サプリメントなどを学び、自分自身のスピルチュアルな面と感情の面のメンテナンスを始めた以外は、一切西洋医学の治療はしていません。

サンフランシスコの友人は、幸いな事にそんな私を応援してくれる人が多いものの、やはり、「その治療法が効かなかったらどうなるの?」と、心配を隠せない友人もかなりいます。そしてドイツや日本の家族も、私の方針をサポートしてくれるものの、やはり心配は隠せない様子。でも、私の中で、抗がん剤、ホルモン療法、手術などの治療法に今YESという気持ちは0%です。仕方ないですね。私の中で、「これは自分の体と心の問題で、ある程度の自然療法のプロの力を借りれれば、治る」と確信してしまっているからです。

それでも、インドのヨギみたいに心も体も達観しているわけではなく、逆に言えば、今までの生き方が癌を生み出してしまった未熟者なので、一人で孤独にミラクルを起こして治せるとは思っていません。

だから、私の自然治療(代替療法?とも言うのでしょうか?)をサポートしてくれるドクターをずっと探していました。

探すプロセスもすごい時間がかかり、また会ってがっかりしたドクターもいたし、逆に私にFearを持たせるドクターもいたりで、まさに山あり谷ありで大変でしたが、今日やっと「この先生だ」と、夫も私も100%信頼できる先生に会えました。とてもワクワクしています🎶 4ヶ月目にして、初めて溜めていた息がすっと吐けた感じ。

また、詳細は流れを追って書いていきたいと思います。

今日の運動は、家のご近所の急な丘のある辺りを45分ほど散策

ロシアンヒル側よりアルカトラズを一望

ロシアンヒル側よりアルカトラズを一望

ここ半年のこと – 乳がんの再発

昨年11月以来ブログの更新ができなかった約半年。

今回、ブログに戻ってきたのは、ようやく自分の時間にちょっとだけ余裕ができたということもありますが、もう一つの理由は、本当に多くの人とシェアしたいというテーマが本当にたくさんあるからです。これはもう一つのミッションだと思い、少しでも時間を見つけたら、ちょっとづつでも更新していこうと思っています。

昨年11月に「角膜ヘルペス」が再発し、改めて自分の自己免疫の力がとことん底辺まで落ちていることは実感していました。でも、それには授乳もしていたし、とか色々思うところもあったのです。

そして、今年に入り、1月に一番初めにやらねばと思ったことが「乳がんの検査に行かなくては!」でした。

私は2012年にDCISという非浸潤性乳管がんの摘出手術を左胸にしました。DCISですからもちろん転移型ではなかったので、ほかに転移もしていなくって、術後は再発を防ぐためにホルモン材を取ることを勧められていました。

が、当時まだ子供のいなかった私たち。ホルモン剤を始めてしまうと妊娠は5年ほど諦めなくてはいけなくなってしまうので、ドクターとも相談した上で、まずは子供を授かってから薬を始めても良いということで、ドクターとも合意。

本当は6ヶ月ごとにマモグラムを受けるのを進められていましたが、その後、8ヶ月後に妊娠、出産後1年10ヶ月は授乳をしたいたのを言い訳に、約3年半乳がんのチェックアップには戻らなかった私です。

実は、2014年の冬ぐらい(今から1年半前)から、左胸にシコリががあり、さらになんとなく不快な痛みというか疼くような感じが続いていました。「病院に行かなくちゃ」という思いと同時に、「行ったら授乳はきっとストップすることになる」と思い、行きたくなかった私です。

そして、ようやく重い腰を上げ、UCSFに検査の予約と、ドクターとのアポを取ろうと思ったところ、アポが取れたのは約2ヶ月後の3月中旬。この辺の細かいことは後々機会があったときに書きたいと思いますが、ここが大学病院のシステムでどうしようもないところではないでしょうか?

とにかく、、、あれやこれやと色々トライして、予約を2週間ほど早く繰り上げることができましたが、そこからは、本当にあっという間でした。

3月9日
約3年半ぶりに担当のドクターとアポ
当日Fine Needle Biopsyをして、リンパに転移していることを確認。

3月11日
PET/CTスキャン

3月16日
担当のドクターとアポ
診断内容を聞く
幸いなことに左脇のリンパ以外に癌は見つからず
が、ドクター曰く、癌はほぼ左胸の全体に広がっているとのこと
サイズ的には8cmx9cm 

胸は大きい方ではないので、約80%の胸にシコリがある感じでしょうか?

これは、また後で別途記事にしたいうと思いますが、Clinical trialをするかどうかを決めるためにテストをした結果では、リスクは低いタイプの癌だそうです。私のドクター曰く、ステージというものはここ、と言えないそうなのですが、一般的なものさしで計ると(?)、ステージ2か3だそうです。大きさ的にはステージ3ですね。。。

と、まあ、こんな感じで、検査や諸々、3月から4月半ばまでの1ヶ月は、本当にCrazyな感じであっという間に時間が過ぎてしまいました。

ブログを再開したのは、私の乳癌の経験をシェアしていきたいということもあります。ご自身が乳癌その他の癌と戦っている方や、ご家族で癌を患っている方がいる方、私の経験をシェアすることが、少しでも何かが役に立てればいいと思います

他にも私の住んでいるサンフランシスコのことなども、また折々書いていこうと思うので、これからもよろしくお願いしますね!

何分、今一番足りなく欲しいのが「時間」です。
なので、コメントへのお返事は遅くなるかもしれませんが、ご了承ください。

感謝

私が私であることに

私が持って生まれた全てに

私が感じる全てのことに

私が作り出す全てのことに

私が歩いてきた全ての瞬間に

私がいかにUNIQUEであるかに

私が自分で自分でGUIDEできることに

そうして自分で選んだ全ての道の行く末で夫に会えたことに

そして全ての葛藤と全ての悩みと全ての涙の行く末で娘に出会えたことに

そして娘が夫と私という愛の中で育ち彼女自身として羽化する日を待っていることに

私自身がこうして覚醒することで人に光を与えられるということに

私が夫と娘を幸せにしてあげられるということに

私が私自身をHEALできることに

最後に、この5ヶ月でいかに自分をGUIDEしてきたことに

再開

ご無沙汰しています。

ブログの方は、昨年の11月から更新もせず、独自ドメインの更新もせずに放置していました。ここ半年で実はたくさんありまして、ようやく、ちょっとだけブログをまた更新したいという余裕が出てきたというか、、、

どのくらいの頻度で更新して行けるかわかりませんが、また書いていこうと思いますのでよろしくお願いします!

ちなみに独り言

授乳してきたお母さんには分かっていただけるかもしれませんが、もう授乳できない寂しさもあるのですが、授乳用のブラと、いつでも授乳できるようなTシャツとかトップを着なくていいというのには、正直言ってウキウキしています(笑

ようやく卒業

来週はもうThanksgiving!!
信じられません。。。

娘の奥歯もようやく生えきったようで、ここ3日ほど以前のように朝まで眠ってくれるようになりました。

私はといえば、やっぱり1日2、3回とはいえ授乳がきつかったのか、、、10年ぶりぐらいで「角膜ヘルペス」再発。

1ヶ月前ぐらいからなんだか目がゴロゴロするな〜と思っていたのですが、2週間前には痛さで寝る事もできないほどに、、さすがに何かまずいと思い眼科の先生に予約を入れました。

ちょっと話が長くなるので、掻い摘んでお話しすると、3人も先生を渡り歩きましたが、誰も角膜ヘルペスだと診断できず、、、寝る事もできないぐらい痛いと言って、さらに眼圧が27まで上がっているのに、この3人の先生は薬さえも出してくれませんでした。

ようやく1週間前に緑内障でかかりつけになっていた先生に会いに行ったところ、「あなた大変よ!角膜が腫れてるわよ!」と言って、即座に診断してくれ、薬を出してくれて救われたわけです。。。

最後の方では、視界が濁ってきてしまい、見えなくなってきてしまったので、実は内心、とっても心配で不安だった私。ちゃんと診断してくれる先生にがいて良かった!

まだ、視界と視力は戻っていないので、運転できないのが不便>< どこに行くのもuberの毎日です。

そして、とっても残念な事に、当然、薬を飲まなくてはいけなく、強制的に授乳を止めなくてはなりませんでした(涙 

できるなら、娘が「もういらない」と自然に止めてくれるまで続けたかったので、それだけが残念です。

今まで、本当に泣かれた事はほぼ無きに等しかったのですが、授乳をやめた最初の朝は、狂ったように泣いていた娘。本当に申し訳なかった。。。

とは言うものの、最初の2〜3日はかなり大変な事が続きましたが、1週間経った今は、時々「おっぱい?」と聞いてきますが、ダメだと伝えると、泣く事もなくだだもこねません。もしかしたら、すでに卒業の時は来ていたのかもしれません。